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名古屋地方裁判所 昭和47年(ワ)1801号 判決 1984年2月10日

原告

早川鉱三

右訴訟代理人

籏進

鈴木規之

渡辺和義

加藤宗三

木村豊

加藤倫子

昭和五四年(ワ)第一八〇一号事件右訴訟代理人

向田文生

被告

澤井稔

被告

山田勝次

被告

本美政助

右三名訴訟代理人

山本正男

高橋貞夫

昭和四七年(ワ)第一八〇一号事件右三名訴訟代理人

矢野良亮

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金四二〇万円及びこれに対する被告澤井は昭和五四年八月二八日から、同山田は同四七年八月二〇日から、同本美は同年八月一九日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1項の事実は当事者間に争いはない。

二そこで、まず請求原因5項(不当利得返還請求)の当否につき判断する。(なお、原告は本訴提起のさい、原告と被告らとの間に仲介契約が存在したことを前提とする主張をし、その後右主張を撤回(仮定的主張に変更)したが、右主張の撤回は自白の撤回たる性質を有しないから許容すべきである。)

1  被告澤井、同山田が免許を有する宅地建物取引業者であり、被告本美がその従業員に宅地建物取引主任者を使用する宅地建物取引業者であることは当事者間に争いがない。右争いのない事実及び<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  被告澤井、同山田は免許を有する宅地建物取引業者であり、同本美は宅地建物取引主任者を従業員として使用する宅地建物取引業者であるところ、被告本美は、原告が訴外中央可鍛株式会社から昭和四六年七月五日、転売目的で本件土地を3.3平方メートル当たり金一、二〇〇円で買い受けたことを知り、同月中旬右訴外会社の足立副社長の紹介を得て、原告及び本件土地の売買に関して原告から委任を受けていた渥美に対し、本件土地を売却する際には仲介させてほしい旨申し入れ、その後被告山田に対し、昭和四七年四月頃、本件土地を紹介するとともに、買主を捜してほしい旨依頼した。被告山田は、かねてより被告澤井が豊臣工業の委任を受けてゴルフ場用地として六〇万ないし一〇〇万平方メートル程度の土地を捜していることを聞知していたことから、同被告に本件土地を紹介しようと企図し、原告の本件土地を売却する意思の有無の確認のため、被告本美とともに同年四月二五日原告代理人渥美を訪れ、原告が本件土地を売却する意思があるならば仲介させてほしい旨申し入れ、渥美から3.3平方メートル当たり金一、七〇〇円程度なら他に売却してもよい旨の回答を得て、その頃被告澤井に対し、本件土地を紹介するとともに、右土地の売買の斡旋を依頼した。なお同被告はその頃右事情を豊臣工業に報告した。

(二)  その後被告山田は、同本美とともに昭和四七年五月一一日原告代理人渥美、同板倉の案内を受けて本件土地を見分し、右両名から、本件土地内に中電の高圧送電線のための鉄塔(本件鉄塔)の建設予定があり、現在原告と中電の間で鉄塔用地の補償交渉中であること、本件土地内に存在する土砂採取場は本件土地を他の目的に使用する際には収去する予定となつていること、本件土地の中央部分に敷設されている道路は他の場所に移転可能であること、本件土地の一部が保安林の指定を受けていること及びゴルフ場用地にするのなら周辺土地の買い増しに協力すること等の説明を受けて、本件土地がゴルフ場用地に適するものと判断し、翌一二日その旨を被告澤井に報告した。同月一九日、被告澤井、同山田は豊臣工業の代表取締役中村一治及び同社の企画課長を本件土地に案内し、現地において本件土地の物件説明をなしたところ、右中村一治から、原告との間で本件土地の売買契約締結のための交渉をするようにとの仲介委託を受けた。

(三)  そこで被告らは、昭和四七年五月二一日、原告の本件土地売却の意思の確認及び売却にかかわる諸条件の交渉のため渥美を訪れ、同人から前項(二)と同様の本件土地の物件説明及び売却に関する諸条件の説明を受けるとともに、同月二五日までに他に売却できないときは被告らの斡旋に応じてもよい旨の回答を得、同月二五日昼頃再度同人を訪れ、本件土地につき売買契約を締結したい旨述べ、原告との話合いの場の設定を依頼し、同日午後五時頃、名古屋市内の料理店「丸小」において、渥美、原告らと本件売買契約締結に関する話合いを行つた(なお原告は、渥美にすべてまかせてあるので同人と話合つてもらいたい旨述べたのみで退席した。)。右席上渥美は、被告らに対して、原告の訴外中井与裕に対する本件土地売買の仲介委任状の期限が同日限りであるので、それをすぎれば被告らの斡旋に応ずる旨述べ、被告らとの間で、本件土地の売買価額(3.3平方メートル当たり金一、七〇〇円)をはじめとする売買契約の大綱を決めた。

(四)  被告澤井は昭和四七年五月二六日豊臣工業に対して右の話合いの結果を報告してその承認を得た後、手付金として同社代表取締役中村一治振出の額面金五、〇〇〇万円の手形を預り、被告山田、同本美とともに渥美を訪れ、右豊臣工業の代理人として原告との間に本件売買契約を締結し、手付金として原告に右手形を交付した。

(五)  その後同年六月三日、豊臣工業と原告の間で本件土地の引渡し及び売買残代金の支払いが為された後、被告澤井は同山田及び同本美を代表して原告に対し、本件土地の売買の仲介報酬として、売買代金の三パーセントに相当する金一、三一三万二、三四七円の支払いを求め、同日右金員を受領した(この点につき当事者間に争いはない。)。

以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠>は措信できず、他に右認定に反する証拠はない。

2 右認定事実によれば、原告代理人渥美は、昭和四七年五月一一日、被告山田、同本美が本件土地をゴルフ場用地として斡旋する目的であることを了解し、かつ右被告らに対して本件土地の売値を3.3平方メートル当たり金一、七〇〇円程度と指定したうえで、右被告らを本件土地に案内し、前記認定のとおり物件説明をしたこと明らかであり、この事実に照らすと原告と右被告らとの間には本件土地の売買につき仲介委託契約が右同日に結ばれたものと認定するのが相当である。

しかして、被告山田、同本美は前記認定のとおり本件土地を被告澤井に紹介し、以後は被告ら三者共同して原告及び豊臣工業間における本件土地売買の斡旋に尽力し、その結果昭和四七年五月二六日本件売買契約が成立したものであり、しかも右売買契約における本件土地の価額は当初原告代理人渥美が被告山田、同本美に提示した3.3平方メートル当たり金一、七〇〇円が維持されたものであつて、右事実に徴すれば、被告らは三者共同して原告のためにする意思をもつて本件土地売買の仲介業務を果たしたものと解される。従つて被告山田、同本美は商人たる宅地建物取引業者として前記仲介委託契約及び商法五一二条に基づき、同澤井(前記認定事実によるも、原告と同被告間において本件土地売買について仲介委託契約が結ばれたものと推認することはできず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。)は同じく商人たる宅地建物取引業者として同法五一二条に基づき、原告に対して本件土地売買の仲介報酬請求権を有するものと解されるところ、前記のとおり原告から任意に金一、三一三万二、三四七円を受領したものであり、被告らによる右金員は右債務の履行であつて法律上の原因に基づくものというべきである。よつてこの点に関する原告の請求は理由がない。

三次に仮差押に基づく損害賠償請求の当否につき判断する。

1  被告らが原告と豊臣工業との間の本件土地の売買を仲介するに際し、豊臣工業に対して、本件売買契約締結に至るまで、本件土地上に本件鉄塔の建設予定が存することを告知しなかつたことは当事者間に争いはない。右争いのない事実及び前記認定事実を総合すると、以下の事実が認められる。

原告と豊臣工業の間の本件土地売買に関し、被告山田、同本美は原告から仲介を委託された宅地建物取引業者として、被告澤井は原告から仲介委託を受けない宅地建物取引業者として、三者共同して本件土地売買の仲介業務に従事したものであるところ、被告山田、同本美は昭和四七年五月一一日及び同月二一日の二回に亘り、被告澤井は同月二一日、いずれも原告代理人渥美から本件土地上に本件鉄塔の建設予定が存することを知らされたにもかかわらず、豊臣工業に対しては本件売買契約締結に至るまで右事実を告知しなかつた。

ところで、豊臣工業は、前記認定のとおり本件土地をゴルフ場用地として使用する目的で取得したものであるところ、土地収用法二〇条、同法三条一七号によれば、中電は、建設大臣又は愛知県知事による事業認定を得た場合には、土地収用法に基づき本件鉄塔の建設用地として本件土地内の土地の一部を収用することが可能であり、<証拠>によれば、中電は昭和四八年七月二七日右事業認定を受けた事実が認められる。そして<証拠>によると、本件鉄塔の建設予定としては、本件土地内の中央部に鉄塔が二基、端に一基建設され、本件土地上を縦断して右鉄塔により支持される特別高圧送電線が設けられること、右鉄塔の敷地として各々五〇〇ないし六〇〇平方メートルが必要とされ、更に右送電線下に幅員二二ないし二三メートルの土地が必要とされることが認められる。従つて本件土地につき右鉄塔建設用地取得のために土地収用法が適用された場合、豊臣工業としては本件土地をゴルフ場用地として利用するうえで少なからぬ負担を強いられるであろうことは容易に推認されるところである。

しかるに、被告らは、前記認定のとおり豊臣工業が本件土地をゴルフ場用地とする目的で取得するものであることを知りながら、前示のとおり同工業に対して本件土地上に本件鉄塔の建設予定が存することを告知しなかつたものであつて、右不告知が故意ではなかつたとしても、少くとも本件土地売買に関する仲介業務上の注意義務を怠つたものであり、原告に対する関係においても被告山田、同本美は前記仲介委託契約に基づく債務不履行責任、被告澤井は過失による不法行為責任を免れないものというべきである。なお宅地建物取引業法一八条は宅地建物取引業者がその業務に関し相手方又は依頼者に対し、重要な事項について故意に事実を告げず、又は不実の事実を告げる行為を禁止しているのみで、業者の過失に言及してはいないが、右法条は同法八〇条の刑事罰の前提要件を規定したにとどまり、業者の過失による不法行為責任を否定する趣旨のものではないと解される。

2 そこで、被告らの右不告知により原告において生じた損害につき判断するに、豊臣工業が原告の幸福相互銀行に有する預金一、〇〇〇万円、東海銀行に有する預金四、〇〇〇〇万円及び原告所有にかかる不動産に対して仮差押を為したこと、右仮差押申請の理由は主として、本件売買契約締結に際し、原告において豊臣工業に対し、中電が本件土地内に本件鉄塔を建設する予定が存する旨を告知しなかつたことにより損害を被つたとして、その損害賠償請求権を保全するため、というものであつたことは当事者間に争いはない。ところでゴルフ場用地として購入した土地に告知されていなかつた本件鉄塔の建設予定が存する場合に、当該買主が予期し得なかつた損害を被ること及び売主に対するその損害賠償請求権を保全するために売主の財産に仮差押を為すことは通常人において当然予見し得るところであり、被告らの豊臣工業に対する本件土地内における本件鉄塔建設予定の不告知と豊臣工業の原告財産に対する前記各仮差押との間には相当因果関係が存するものと解するのが相当である。

そこで、次に原告主張にかかる右各仮差押によつて生じた損害につき判断する。

(一) <証拠>及び弁論の全趣旨によれば、原告は、原告所有にかかる不動産に対する前記仮差押に対し、昭和五一年四月六日銀行から金三、〇〇〇万円を年利9.125パーセント(後に利率変更により8.5パーセント)、返済期限同五二年一〇月六日で借入れ、同日右金員を右仮差押解放金として供託し、同月八日右仮差押取消決定を得た事実が認められ、右事実によれば、原告は右仮差押解放金の供託により、右金三、〇〇〇万円に対する同五一年四月六日から同五二年一〇月六日までの間の右銀行利息と供託金に対する利息年2.4パーセント(当裁判所に明らかである)との差額に相当する金二七〇万円の損害を被つた事実が推認される。そして原告の被つた右損害は、原告所有にかかる不動産に対する前記仮差押ひいては被告らの豊臣工業に対する前記不告知と相当因果関係にあるものと解するのが相当である。

(二) <証拠>及び弁論の全趣旨によれば、原告は弁護士に委任して前記各仮差押決定に対する異議の申立を為し、その際右弁護士に着手金として昭和四七年七月一八日、同年一〇月二一日、同月三〇日の三回に亘り各金五〇万円宛合計金一五〇万円を支払つた事実が認められる。原告における右金員の支払いは、前記各仮差押ひいては被告らの豊臣工業に対する前記不告知と相当因果関係にある損害と解するのが相当である。

(三)  原告が豊臣工業から、原告の幸福相互銀行に有する預金一、〇〇〇万円及び東海銀行に有する預金四、〇〇〇万円の仮差押を受けたことは前示のとおりであり、右事実によれば原告において右各仮差押により右金員合計金五、〇〇〇万円に相当する事業用資金が凍結されたものと推認される。しかしながら原告が右金員を自由に利用しえた場合に原告主張にかかる右金員の二九パーセントに相当する程度の利益を得ていたであろう蓋然性ないし特別事情の存在については、これに副う<証拠>をもつて直ちに肯認することは困難であり、他に右蓋然性ないし特別事情の存在を認めるにたる証憑は存しない。また原告主張にかかる、東海銀行における原告の預金に対する右仮差押により、原告は同銀行から借入金一億円を昭和四七年七月一五日返済せざるを得なくなつた事実及び同銀行から既に内諾を得ていた金四〇〇〇万円の新規借入れを拒絶された事実については、これに副う<証拠>は未だ採用するに足らず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。よつてこの点に関する原告の主張はいずれも採用できない。

四次に原告が裁判上の和解に基づき豊臣工業に対して支払つた金一、〇〇〇万円に関する損害賠償請求の当否につき判断する。

原告が豊臣工業から、本件売買契約に関して、本件土地の瑕疵を理由とする損害賠償請求の訴(名古屋地方裁判所昭和四七年(ワ)第二〇一七号事件)を提起され、右訴訟継続中の昭和五四年八月二八日原告と豊臣工業との間で、原告が同工業に対し金一、〇〇〇万円を支払う旨の裁判上の和解が成立したことは当事者間に争いはなく、<証拠>によれば、前同日原告が豊臣工業に対し右金員を支払つた事実が認められる。

しかしながら、右金員の支払いが、被告らの仲介業者としての注意義務違反を理由とするものであれば、被告らにおいてこれを支払うことはともかくとして原告においてこれを豊臣工業に対して支払う理由に乏しいのみならず、さらに右金員支払いの原因が原告の注意義務違反を理由とするものか、或は原告の自由意思による売買代金減額を意味するものかに関しても証拠上明らかではない。したがつて右金員の支払いが被告らの豊臣工業に対する前記不告知に起因して原告において生じた損害であるとは必ずしも断定し難く、他に右因果関係を認めるに足る証拠はない。よつて、この点に関する原告の請求は理由がない。

五さらに慰藉料請求の当否につき判断する。

請求原因4項の原告主張にかかる被告らの不法行為の事実中、被告本美、同山田が昭和四七年六月二二日頃原告事務所において原告もしくは渥美に対し、金五、〇〇〇万円程度を支払うよう要求した事実は<証拠>により認められるものの、右要求は、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば本件売買契約に関して生じた紛争処理の交渉の過程において出されたものと認められ、威圧的もしくは強要的な要求であると認めるに足る証拠はなく、右事実が不法行為を構成するものと解するのは相当でない。そして、その余の事実については、これを認めるに足る証拠はない。

また、前記認定及び<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、被告らの仲介業務上の注意義務違反(瑕疵の不告知)に起因して豊臣工業から前記認定のような各仮差押執行を受け、金融機関等からの信用失墜を招き、自らもこの対応策に少なからず苦慮し、精神的にも苦痛を受けたことは推認するに難くないところである。しかしながら、これらの精神的苦痛は、その原因が前記認定のような被告らの注意義務違反に起因するものであり、被告らに対しこれを原因とする財産上の損害賠償が認容されることによつて一応慰藉されるものと認めるのが相当である。したがつて、被告らに対する前記認容額を超える慰藉料請求は、その相当性を欠き失当というべきである。

六以上の次第であるから、原告の被告らに対する本訴請求は、被告ら各自に対し、金四二〇万円及びこれに対する被告澤井に対しては不法行為の後である昭和五四年八月二八日から、被告山田に対しては訴状送達日の翌日である昭和四七年八月二〇日から、被告本美に対しては訴状送達日の翌日である同年八月一九日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、被告らに対するその余の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(加藤義則 谷口伸夫 松本健児)

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